序盤~キノコ de イェイ~
成人して久しいが、未だに安住の地を求めてフラフラと彷徨っている自分は若干、引越魔のケがある、と考えている。
そんな自分は、賃貸物件住まい歴ン十年。
何処から何処へと移り、暫し住めば、またいづこへと動きたい衝動に駆られるタチらしい。そろそろ出るかという気になったら、新たな住まい探しをしてきた。
賃貸物件探しのうち、随分前に体験した賃貸探しに纏わる想い出話の、はじまりはじまりー(棒読み)。
とある吉日、唐突に思い立った。
「そろそろ引越でもしようかね」
でたよ、いつもの衝動。体は重いがフットワークは軽い。
早速A不動産仲介業者のドアをノックし、いかにも真面目そうな面をしたA担当者にあれやこれや、ワガママな条件を伝えたところ、4つの空き物件がピックアップされた。
A担当者はすべての物件を案内してくれた。そのうち2番目に通された家が、想い出話の主人公だ。
A担当者から、事前にこう聞かされた。
『前の住人が退去したばかりで、クリーニングが出来ていない。一部カビがあったりもするらしい。』
カビ、ね。湿気で結露でもしてたのかな、と軽く考えていた。実際にドアを開けた瞬間に、笑いが起った。
壁一面、カビ。
想像を絶する程の有り様だった。何だ、この家は、ちょっとやそっとじゃないぜ、こりゃ。
中へ入るまでもなく、ここには住まないと確信しつつも、折角連れてきてくれたのと、怖いもの見たさで恐る恐る上がってみた。
そこはカビのダンジョンと化していた。日当たり、間取りや広さ、収納等は二の次で、左右上下どこもかしこもカビだらけなので、
「カビー!カビー!なんだこりゃー!」
繰り返して笑ってしまう自分。
強張る心身を奮い立たせて奥にある寝室へ足を運んでみた。目にしたものは、なんとキノコじゃあ~りませんか(・▽・)。
笑いが頂点に達した。それはそれは立派なキノコが、壁際や押入れの奥に自生しておりましたとさ。
どの程度リフォームされるのかと尋ねてみた(住む気ないくせに、参考までに。)ら、所有者に電話を入れてくれた。…が、この時繋がらずで、折り返し待ちになった。
常々物件探しをしているのは、素敵な家との出会いを求めてのことであるが、それにしたって、なんだ、この一期一会は。ある意味、タメイキモノだった。
A担当者の運転のもと、車中で見回った物件について、あーだこーだと話していた。例の家を「キノコの家」と勝手に命名した自分に対して、至って淡々と、冷静に応答するA担当者。
良く考えたら、失礼だったな…今更ながら反省。
敢えて言い訳をするならば、人生経験の乏しい自分にとっては、そのくらい衝撃的だったのである。
業者の事務所へ戻り席に着いたところ、キノコの家の所有者から折り返し連絡があったそうで、速報がきた。これまで極めてドライに応対していたA担当者は、こう言った。
「えー、それでですね、キノコの家のリフォームなんですが…。」
『ブファーーー!!こいつ、キノコの家って言ったーーー(≧Д≦)。』
心は叫んでいたが、それを即座に笑いにしてはならん事を自分は知っていた。「はぁ。へぇ。そうですか。」あくまで平静を装って返答。リフォームの内容、全く耳に入らず。それよりもA担当者の一言がツボにハマっていた。
『キノコの家、キノコ の いぇーーーーい(≧Д≦)!』
その日は入居物件を決めずに一旦保留にして、業者事務所を後にした。A担当者のツボ発言で、妙なテンションでいたことは記憶している。
結局その後、キノコの家がどのようになったかは知らん。自分が暮らす家は、別の物件にしたし、A担当者にも追究していない。知らぬが仏、とどこかで考えていた。
キノコの家を内覧中、ふとこんな不安にかられた。ズボラな自分はもしかしたら、好き放題暮らしていると家にキノコを育成させてしまうのだろうか。家を賃借している身としては、これは阻止せねばならないと誓った次第である。勿論そんな経験ござらんがね。
その後あちこちをフラフラしながら全く別の物件で暮らしている現在は、そんな心配なく、のらりくらりと生きて居る。
ところがまたきた、例の衝動。
「あー、そろそろ動きたいな。」
うずうずし出したので、またもや最近物件探しに行脚し始めたのであった。
平和な物件探しを望みつつ、本篇に、つづく。