とある日のとある週末・土曜日。ワシは、試乗をしにC社へ向かっていた。移動手段、徒歩。車を持たない車探し人にとっては徒歩圏内でいける点は気楽だった。
C社では、希望する類の車は2種類あった。1つは、バリバリに頑丈そうなヤツ、もう1つは、そこまでバリバリでなくともやや頑丈そうなヤツ。ワシとしては、後者で十分だと考えていたのだが、実は今回試乗するのは前者の方だった。どうやら後者が用意できなかったそうだ。以降、前者をバリバリ車、後者をややバリ車とでもいう事にする。
滅多にバリバリ車のような車を運転する機会はないので、人生の記念にバリバリ車に乗ってみるのも悪くない、という軽い気持ちで店へと向かった。
ところでやはり、某社からはすっかりまるきり連絡が途絶えた。ここは諦めて、C社での購入を検討してみるかと仕方なしに思うようになっていた。
車探しとは恋や結婚ともどこかしら通ずるところがあるように思えた。想いを寄せている車(人)とはご縁がなく、思いもよらぬ車(人)と結ばれたりすることも、あるのだ。うむ、そういうことかね、と考えながらとぼとぼ歩いていたら、店についた。
試乗車の置かれている駐車場へ行ってみたら、それらしき車が2台並んでいた。営業:「バリバリ車とややバリ車の違い、見た目で判りますか」
2台とも瓜二つだったので、こんななぞなぞを仕掛けられた。一応正解を言い当てたのだが、なんだかとぼけたナゾナゾに既に疲れ気味となった。
このややバリ車は、偶々別の客から預かったものらしく、外から見物だけさせて貰えた。人様の所有物にジロジロと目を見張るのは何とも申し訳ない気持ちだったが、カタログで見るしかなかったのでしっかり見物。購入を検討しているのは、ややバリ車なのでね。シャキーン(`・ω・´)b。
バリバリ車と、ややバリ車を比較しながら見物ができた。見てくれは殆ど変わらない。トランクルームの広さがバリバリ車の方は、一般的な車と比べると半分くらいのスペースしかなかった。どうやらココ(お尻)にバッテリーとかウォッシャー液が置かれているらしい。そんな車初めてみた(◎д◎)。
このバリバリ車は、どうやら従業員の方の私物らしい。そんな形で用意したとはつゆ知らず(全く考えてなかった)、ついこう反応してしまった。ワシ:「えぇっ。ががが、ガソリン代とか、その他諸々、大丈夫なんですかね」営業:「すべて会社もちですので、どうぞお気になさらないでください。さぁ、乗りましょう」
恐る恐る運転席に座る。座席やミラーの位置を確認したりと、レンタカー生活が長いため、この辺は慣れた手つきだった。
ワシ:「で、試乗コースというのはどのルートなんですか」営業:「試乗コースって、実はこれといってないんですよ。今回は、折角のバリバリ車ですので、山の方へ行ってみようと思います」
ゲッッッ。山だと。ならん、ならん、それはならんぞ。正直にこう言った。
ワシ:「(怯みがちに)え・・・や、山、ですか(°ω°;)。それはちょっと。アナタの命が危険に晒されてしいますよ」営業:「大丈夫です。信じてますから(何となく釘をさされた気がした。)。さぁ、行きましょう」ワシ:「・・・は、はぁ。あ・・・安全運転で参ります」
全く心の準備など整わぬまま、いざ出発となってしまった。かたや営業は心底命懸けであっただろうことは、言うまでもない。
運転席に座った瞬間から感じていたこと。それは、前が見えない、ということ。首を上に向けていないと、見えない。平常時の目線で見えるのは、ハンドル上部と、タコメーター。常に首を上向けで運転する必要があった。
引き返すなら今のうちだなと思った。
ワシ:「あの、やはり平地をぐるっと回る方が良いのでは。これ、危険です」営業:「いえいえ、大丈夫です(何がだ。)。このまま暫く直進してください」若者に言われるがままだった。街中を走行中、この車の特徴を色々と聞かされた。
運転すること自体が恐ろしいと感じていたので、話半分だったのは言うまでもない。が、このような事を言われたのは憶えている。
- この車のスピードメーターは、300㎞/hまで表示があるので、50㎞/hで走っていても針がちょっとしか動かない。
- 尚且つ、運転しているとそんなに速度が出ている感覚がないので、法定速度には気を付けるべし。
- あ、因みにリミッターついてるので、どんだけアクセル踏んでも180㎞/hまでしか出ないよ。
じ、時速300㎞って。後々知ったが、サーキット等ではリミッターを解除させて走らせることができるらしい。
リミッターは、販売店では解除しないらしい。・・・どんな店で解除きるんだろね。そんなこと、ワシには知る必要のないことだった。
走行中、いつにも増して安全運転だった。とうとう、山道に差し掛かっていた。営業は、こう言った。「スポーツモードに切り替えてみてはいかがですか」
そう、このバリバリ車にはスポーツモード、というのがあった。スイッチ一つで『ノーマルモード・スポーツモード』の切り替えが出来、スポーツモードにした瞬間、バリバリ車は超バリバリ車となるらしい。
頑なにノーマルモードで運転した。だって怖いから。ワシが実は隠れスピード狂だったとしたら、自分自身を制御できなくなる恐れだって十二分にあるぞ。こういう時は己の感性を疑った方が良い、という判断だった。
山道に突入。アップダウン、くねくねした山道だ。この日は週末。ドライブに良い季節だったこともあり、周囲には大勢の車が居た。
営業:「あの・・・そろそろ、スポーツモードに・・・」
せがんでくる。この若者、なにゆえに自分の命を顧みぬ発言をするのだろうかと疑問でしかなかった。仕方がないから、言われるがまま、スポーツモードに切り替えてみた(結局やったんかーい)。
ズドン、とエンジンブレーキが掛かる。自分が運転者のクセに、車酔いしそうだった。
しかし先の心配(隠れスピード狂疑惑)は、一応払拭された。どうやらちゃんと自分をセーブできているらしい。というか、恐ろしい瞬間だったので細心の注意を払うほかなかったのだ。
周囲の状況をみて、周りの人達(車)がびっくりしない程度に時折色んな操作をしてみて遊んでみた。おぉ、オモシロイじゃないか(・∀・)。
こうして遊んでいる最中、助手席で担当者は、確りと左手でアシストグリップを掴んでいた。
バリバリ車でぐるり一周山道を登って下って、再び街中へ戻った。交差点で、偶々某社の車とすれ違った。諦めているけども、やはり憧れの本命は某社だったのだなと想いながら、無事店舗に戻った。
乗ってみてどうだったかと聞かれ、素直に「いやぁ、たのしかったわ!」と答えた。ややバリ車はバリバリ車よりかは大人しいけど、頑丈そうなヤツに変わりなく、ワシにはやはり、ややバリ車で十分だとも実感した。一生に一度の、バリバリ車体験。とても良い想い出が出来た。
さてこら、これからシビアな商談じゃ。なんか、想定外の試乗(というかこれ、ドライブじゃねぇか)に、草臥れていた。はてさて、どうなることやら。こんな状態でしっかり交渉出来るのだろうかと不安に駆られながら、店内へと進んだ。
しかしこの直後、これまた思いもよらぬ事態が自分を待ち構えていた。そんなこと、この時はワシを含めて誰も考えもしていなかったのだった。
続く。