運転免許証を取得し幾年かが経過した。
意外とまるきりの紙運転者という訳でもなく、仕事やプライベートでレンタカーは運転しておった。運転する機会があるのは有難い事である。自他共に認める忘れん坊将軍なワシは、暫く運転していないと、すっかりまるきり忘れてしまいそうだったから。どうやら車の運転、それほど嫌いではないらしい。得手不得手、向き不向きは別として。
車と言えば、自転車も車である。幼い頃に練習して乗られるようになり、永い間使っていた。自転車の用途は買い物や通学通勤、その時々により様々で、全く乗らない期間もあれば毎日のように乗っている事もあった。幼児の頃の特訓の日々の賜物か、久々に乗るときにも一応乗り方は体が覚えていたようで、大人になってもあまり苦労はしなかった。
自転車に関しては大してこれといって想い出話はない。強いて言うなれば、この一つである(あるのかよ)。想い出というよりかは寧ろ、『車が欲しいな(というか、買うぞ)』と本格的に思い始める切っ掛けとなった出来事だ。
当時のワシは、朝から晩遅くまで、時には数か月休みなく仕事に明け暮れるという、なかなか「フレキシブル」な働き方をしておった。そんな状況で働けたのは、仕事への情熱もさることながら、何より若かったからだろう。しかし若いと言えど体は悲鳴をあげていた。その体に鞭打って何かに没頭するように働いていた気がする。
職場へは自転車で行き来していた。
ある朝、睡眠不足からか、意識をほんの一瞬失ってしまい、自転車ごと地面にドカっと倒れたことがあった。倒れた場所は交差点であり、曲がり角から歩行者が向かってきており危うくその人にまで怪我をさせるところだった。通りすがりの人も、あまりに勢いよく倒れたためか「だ、大丈夫ですか!?」と声をかけてくれたほどだった。
その歩行者とぶつかっていなかったのが不幸中の幸い。弱々しく体を起こしながら「すみません、驚かせてしまって」と謝罪して別れた。その日は危険が疑われたため、自転車なのに押して歩いて職場まで行ったと思う(遅刻はしていないぞ)。その時想った。『ワシ、これ(この体)じゃ、自転車はおろか車の運転なんて出来んな・・・』
しかしなぜか車欲しさのバロメーターが1段階上がった。飛んで火にいるナントヤラ、の精神かは知らん。こんなにも覚束無い足取りの自分には、何か自転車以上に頼もしい道具が必要だ、と危うい人間のたどり着きそうな妙な考えに至ったのだった。しかしこの時はバロメーターだけあげておいて、何ら車探しの行動には出なかった。仕事一徹で、ほかの事を考える余裕がなかった為。
・・・車欲しさバロメーター、10段階のうち、4→5へ上がる・・・
そんなグレーゾーンな話はさておき。同じ状態のまま気付けば2~3年が過ぎようとしていた頃の話。家族で旅行に出かける機会があった。自家用車で少し遠出をするぞということで、なんと運転を一瞬だけ任されたのだ。当該自家用車は、自分が運転免許証を取得した頃からすでにあったものだ。なかなかしっかりした造りの車で丈夫なヤツだった。
親父は自分にハンドルを握ることを許可した。推測するに、その理由はこうだろう。
- ウチの車ももう随分古くなっていたから(多分10年以上は経っていたんじゃないかねぇ)。
- 我が子は仕事でも車を運転しており、紙運転者ではなくなっていたから。
- 目的地がやや遠方なので、長時間の運転は老体に鞭打つことになるから。
その当時は現在のように後部座席のシートベルト着用義務がなかった頃だった(と思う)。なのだが、自分が運転を担当する折になると、後部座席に座っていたかーちゃんは、そそくさとシートベルトを着用しだした。「んっ♪念のため、念のためっ(^▽^)♪」天然水の如く湧いて出る自然そのものな言動は嫌味ったらしさがちっともないのが、これまたクセモノである。憎めないけど。
一般道を少し走り、高速道路のゲートをくぐった。途端にその先で待ち受けていた警察に呼び止められた。警察:「ハイ、こちらへお願いしまーす」警笛と誘導灯で誘導された。ドギマギ(°□°)。ワシ、なんぞ、やったんかね。と思いながら窓を開けた。家族も皆、何事かと目をぱちくり。
ワシ:「はぁ、なんでっしゃろか(おどおど)。」警察:「県警です~、どうもお急ぎのところ~。あの~、後部座席の方~、シートベルトされてますか~」
(あっ、なんだそういう話か。ホッ(´▽`))
この時、まぐれでかーちゃんはシートベルトをしていた訳だが、恰もいつもやってますと言わんばかりの口調で「ハイ、勿論♪」と答えた彼女はなかなかやりおるぞ。警察:「あ、それならよかったです~、最近死亡事故が多いですから~。気を付けてくださいね~」
余談だが後々、家族でこの旅行の思い出話をしたとき、上記の出来事について皆異口同音にこう評した。「あの時警察に呼び止められたのって、アンタが緊張していたのが伝わって、はたから見ても不審車に見えたからでないかね」そうだったのかね、あん時の警察官さん(・▽・)。いつか再会しようもんなら聞いてみたいわ。二度と会わんだろうがな。・・・しかし確かに、緊張していたのはよく憶えている。
そんな出来事もありつつ高速道路を丈夫な車で走ってみて、こう思った。『なーんて楽ちんなんじゃ!!長距離移動をした時の疲労度が、レンタカーとはまるで違う。とにかく、楽・楽・楽(°∀°)!!』根がずぼらなワシらしい感想だった。そんな自分には、楽に移動できるモノが迚魅力に映った。
旅先に無事到着し夕飯を食べていた食卓にて、親父に尋ねられた。
親父:「ウチの車、運転してみてどうだったんだ」ワシ:「いやぁ~~、めちゃんこ楽に移動出来たなぁ~」親父:「おう、そうだろう、そうだろう」ワシ:「ワシも車買うなら快速に移動出来るのがエェわぁ」親父:「それは、やめておけ。オマエに乗られる車がかわいそうでならん。それに、オマエのような頼りないヤツに、車屋は売りたがらんだろうよ」ぴしゃりと一言。うむ、確かに、ほんに、親父の言う通りで、言葉も出なかったので首を垂直に動かし、会話を終えた。
この経験でふと、上述の自転車で転んだ話を思い出した。あの時一段階上がった車欲しさバロメーターが、ここへ来てマックス付近まで来た気がした。てんやわんやな仕事で疲れもマックス付近だったと思う。弱っていた体に何かしらの元気づけが必要だったのかも知れない。色んな状況の中でついにノリに近い感覚で、「よし、そろそろ車を買おうじゃないか」と初めて心底想うようになった。
・・・車欲しさバロメーター、5→9へ急上昇・・・
思い立ったが吉日、なんにせよ一つ決めたら早速アクションを起こす。体は悲しいかな弱体化していたが、フットワークはまだ軽かった。ある日の夕方、仕事を一段落させ、早々と定時で退勤し、いよいよ自動車屋をのぞき見し始めることにした。家族旅行を終えてほんの数日後の出来事だった。あの時転んだ自転車に乗り、車屋へと向かったのだった。そのうちこの二輪の車を自転しなくなり、四輪の自動車に乗る日も近いかも知れないぞ、と思いながら。
続く。