前置き⑫記録をつけてみよう。

クルマと共に暮らす生活が始まって半年ほど過ぎた頃のこと。
ふとこんな式が頭をよぎった。

クルマを動かす、=どこかへ行く、≒旅をする

予てから旅先で体験した事を日記に記録していたのだが、これからは旅先での体験はワシひとりだけでなくクルマも体験することになる。
運転をするということは、ワシとクルマは一心同体の運命共同体。
これからの旅人生はクルマと共に進んでゆくことになるのだ。
ならば、クルマが体験した内容も記録しておくべきではなかろうか。

尚且つ、ワシにとってクルマは大切な家族(さしずめ我が子)。
我が子の成長記録は、親としてとっておくべきじゃないか!とも思ったわけだ。

記録イコール記憶の絵
記録イコール記憶じゃ。

嗚呼、納車の時になぜ思いつかなかったのか・・・、とその時は後悔したものの、歳月が経過した今になってみれば、
納車後半年間の事は記録はないが割と多くの事を記憶しているため、まぁよしとするか、と思えるようになっている。
というか、納車時にはそれどころじゃなかったしな(苦笑)。

ということで、生後半年してから、『我が子日記』をつけるようになった。

記録内容はこんな感じ:
日付/走行距離/ゴハン量(給油量)/ゴハン単価(ガソリン単価)/ご機嫌度合い(燃費)/走行内容/お世話関係(点検やら)

上記に加えて、何かあれば写真撮影もして、写真コーナーまで設けてある。
その他、我が子に関するありとあらゆる書面も保管している。

夜な夜な精を出すの絵
夜な夜なナニかに精を出す。

記録は一年単位でファイルにして保管するようにした。
誕生日直前の給油がその年の最後の記録、直後の記録は新しい年の記録とすることにした。

これから先に綴ってゆく内容は、それら記録のうちの抜粋である。
我が子もあちこち出かけ、時折色んな人と出会ってきて、何かしらを肌で感じている筈。
自分自身の体験談に加え、言葉を発しない我が子の代弁者としても、綴っていこうとおもう。

これで永ったらしい前置きはおしまい。ようやく、「独りで勝手にやってモーターショー」が始まる。
ここで、主な登場人物の紹介等をば。というか2名しか居ないがな。

ワシ(鷲田ワシ夫。)

→「独りで勝手にやってモーターショー」を書いている人物。世間様から言わせると、邪道なクルマ好き。
 執筆にあたって文字を書いたは良いが、編集者に「写真が欲しい」といわれ、仕方がないから絵も描いた。
 絵心もなく至って適当な描写だが、自画像についてだけは自信がある。

 初心者なのに、無謀なクルマを購入してしまう。
 買ったら買ったで、思いの外夢が拡がり、人生が潤った。
 どうしたら愛してゆけるかを真剣に考えた結果、クルマに妙な安っぽいヒューマニズムを植え付けてしまう(ちゃんと運転してやれよ)。
 それ以来、我が子と地獄の果てまでランデブー。
 ワシにとってクルマは、友達や我が子、恋人、家族といったものである。

きしょい絵
・・・。きしょい・・・。

車(愛しの我が子/我が子)

→そんな頼りないワシに購入されてしまった、ともすれば不幸な子。
 正統派のクルマ好きの方々に申し訳がないので、車種とかの詳らかな事実は伏せておく。
 「走る・停まる・曲がる」ことに迚真面目。密かに海への浪漫を抱いていたとしても、泳げない。
 これまた仮に憧れがあっても、空も飛べない。誠に地に足のついた、しっかりとした子ども。
 普段は持ち主に似て自信なさげでオロオロしている(運転者に問題あり。∴道を走る様は挙動がおかしかろう)が、ここぞという時にはそのパワーを遺憾なく発揮してくれる、頼もしい子。

続いて、主な独特の(?)クルマ用語たち

お世話 → メンテナンス
人間ドック → 車検
健康診断 → 定期点検
お風呂 → 洗車
ゴハン → 給油
お家 → 車庫

その他、随時登場する種々の人々と交わりながら、めくるめく(?)ストーリーが展開されてゆくことになる。

やっとこさ、前置き、おわり。

主役はこの子の絵
主役はこの子である。